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父母を亡くした悲しさと親友を亡くした悲しさに 

命には限りあるという当たり前のことが今ころになって身に染みてとても切なく感じています。

●ボールペン謄写版原紙
なんというアイディア、発想でしょうか。
こんな使い方があったのかと驚いています。

手書きのイメージが味わいが出るのだと思います。
ご活用いただけて当方もとてもうれしいです。
ご連絡ありがとうございました。

田中さま

この度はお世話になりました
確かにパソコンや家庭用プリンターが普及してガリ版なんて今は目にしなくなりましたね

私が中学生の当時、担任の先生がよくガリ版で学級新聞を作っていて放課後インクで刷るのを手伝ったりしました

しかもこの先生の字が読みやすいのにとても特長(映画の字幕をもっと角ばった感じ)があったため、いまだにあのインクの匂いなど忘れずに覚えています

使用方法ですが、趣味で似顔絵の消しゴム判子を作っているので、校内スタンプラリー用に作成を頼まれたものの制作時間が取れず、今回は市販の
スタンプを使用しようか考えていました

所が、年賀状作りの準備用品の中に「プリントごっこ」のような判子作りのキットがあるのを思いだし、説明書を読むとガリ版と仕組みが同じだったので、もしかしたら流用出来るのではないかと思いつき今回注文させて頂きました
この思いつきは大当たり?
手書きでインクのかすれなど、手作りならではの味わいがとても気に入っています

あと、インクパッドに直接装着することでどこでも手軽にポンポン押せるのも便利です

ただ原紙がインクに染まったら使えなくなるので使えるのは1週間くらいかもしれませんが 、下絵を捨てなければ何度でも作り直せるし、先程試作品を学校で見せたところ大変好評で、特に子供達の反応が想像以上に良かったのがとても嬉しかったです

添付の画像は試作で作ったチェックポイントの先生の似顔絵です
100円SHOPで4個100円のインクパッドを使って、こんな感じでこれからいくつか作ります
あと、提出されたレポートのチェック済用スタンプとか年賀状用も作ってみたいです

長々とすみません
作ってみたら楽しくてつい長々と感想を書いてしまいました

なかなか上手にできたので、知り合いの幼稚園の先生達にもボールペン原紙を分けて教えてあげようと思っています

原理がおなじなのでロウ原紙でも作れると思うのですが鉄筆やヤスリも必要となるし…
鉄筆を使って書いたことが無いため購入を迷っています

また購入させて頂くかもしれませんが
その時はよろしくお願い致します

〇ご連絡ありがとうございました。
問題なく利用できるのかどうか心配をしておりました。

謄写版には今でも根強い愛好者がおられご注文をいただきますが
学校でご使用になる方(先生)は初めてでございます。

私が小、中、高時代は、ガリ版刷の時代でした。
やがて見られなくなるという思いから収集してきましたが
手放すことにしました。
少しづつになりますがこれからも整理をして掲載してまいります。

こうしてご活用いただけることはとてもありがたくうれしいです。
さしつかえなければ、どんな用途にご利用いただけるのか
教えていただければありがたいです。

昨日商品が届き、早速試してみました
しっかり印刷できたので早速学校で使いたいと思います

丁寧な梱包やお心使いありがとうございました
ロウ原紙と鉄筆も検討しておりますので、またご縁がありましたらよろしくお願い致します
 埼玉県春日部市粕壁 

鈴木斎之様

和算
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猫の死亡通知
http://www.geocities.jp/sybrma/322nekonoshiboutuuchi.html
岩波書店版『漱石全集 第14巻』(書簡集、昭和41年発行)所収のはがき

   明治41年9月14日(月) 午後零時─1時 

               牛込區早稻田南町七番地より

     赤坂區表町一丁目二番地山口方 松根豐次郎へ 

    廣島市猿樂町 鈴木三重吉へ
    巣鴨區上駒込三八八 野上豊一郎へ
    本郷區森川町一番地小吉館 小宮豐隆へ
辱知猫義久々病氣の處療養不相叶昨夜いつの間にかうらの物置のヘツツイの上にて逝去致候 埋葬の義は車屋をたのみ箱詰にて裏の庭先にて執行仕候。但主人「三四郎」執筆中につき御會葬には及び不申候 以上
  九月十四日  

文豪、夏目漱石(1867~1916年)が門下生に飼い猫の死を知らせたはがき1枚が1日までに、東京都新宿区に寄贈された。この猫は小説「吾輩は猫である」のモデルで、はがきは通称「猫の死亡通知」として知られる。新宿区は9月24日開館の「漱石山房記念館」で一般公開する。

 はがきは1908年、漱石から門下生4人に宛てて4枚が出された。寄贈されたのは、うち俳人の松根東洋城宛てのもの。松根が創刊した俳句雑誌「渋柿」の前主宰者、松岡潔さんが昨年3月、新宿区に贈った。

 はがきは黒枠で縁取られ、療養中だった猫が死に、「埋葬」したことを知らせるとともに「御会葬」には及ばない、などと記している。漱石の妻の回想録「漱石の思い出」などによると、この猫は漱石の自宅に迷い込み、漱石の意向で飼うことが決まった。

 はがき4枚はほぼ同じ内容で、他の3枚は、日本近代文学館(東京都目黒区)などが所蔵している。

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名言集 Ⅴ

貧農の次男に生まれ八十年農を捨て親を捨て村を捨てたり

山陽小野田市 浅上薫風 807読売花壇

〇  戦後すぐ理研という名の弁当箱母が買いけり今も使いぬ
201405朝日花壇

「人は常に成長したいと考える存在」

溝口智成(立教大野球部監督)
 全日本大学野球で59年ぶりに日本一2017.6

<全日本大学野球選手権:立大9-2国際武道大>◇11日◇決勝◇神宮

 立大(東京6大学)が国際武道大(千葉)を下し、1958年以来59年ぶり4度目の優勝を果たした。国際武道大は初の大学日本一を逃した。立大は1点先制されたが、1回1死満塁から山根が逆転の2点適時打を放ち、大東が左へ3点本塁打と畳み掛けた。中盤以降も加点し計9点。3点リードの5回1死一、二塁で手塚を救援した中川は国際武道大を2安打に抑える好救援だった。立大OBの長嶋茂雄氏(81=巨人軍終身名誉監督)が応援にかけつける中、後輩たちが期待に応えた。

人間失格 太宰治
第一の手記

恥の多い生涯を送って来ました。

 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。ブリッジの上ったり降りたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜あかぬけのした遊戯で、それは鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ旅客が線路をまたぎ越えるための頗る実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。
 また、自分は子供の頃、絵本で地下鉄道というものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。
 自分は子供の頃から病弱で、よく寝込みましたが、寝ながら、敷布、枕のカヴァ、掛蒲団のカヴァを、つくづく、つまらない装飾だと思い、それが案外に実用品だった事を、二十歳ちかくになってわかって、人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。

船村徹の故郷 日光市玉生

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那須塩原周辺の骨董市・骨董店

真岡骨董市 20170212

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