太宰治の代表作「斜陽」と「人間失格」

太宰治の代表作「斜陽」と「人間失格」

太宰治の代表作「斜陽」と「人間失格」1

  売切れです
左「斜陽」初版¥4,000.
中央「人間失格」再販¥2,500.
右「人間失格」初版¥6,800.

太宰治の代表作「斜陽」と「人間失格」2


太宰治の代表作「斜陽」初版

画像の説明 ¥4,000. 新潮社
     強いヤケ、シミ、小キズがあります。
昭和22年12月15日発行。
この初版が「斜陽」の本来の初版です。
この後、 太宰が愛人の山崎富栄と玉川上水の急流に入水心中した昭和23年6月の翌月に、初期、中期、後期の傑作「晩年」「女の決闘」「斜陽」が同じ新潮社から発行されました。

おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ。
  「斜陽」より

太宰治の代表作「斜陽」初版2
「斜陽」は。雑誌「新潮」の昭和22年7月~10月号に連載されました。

「斜陽」を書いた昭和22年(1947年)は太宰38歳でした。 

1月に太田静子の訪問を受け、翌月 2月に下曽我の大雄山荘に太田静子を訪ね、5日滞在します。
静子の日記を借りて、、田中英光が疎開していた伊豆の三津浜に行 き、「斜陽」起稿します。

3月上旬までかかって一、二章を書きあげました。
この月に、次女里子(佑子)が生まれました。そしてこの頃、三鷹駅前の屋台で山崎富栄と知り合いました。

4月、新たに借りた 三鷹の仕事部屋で『斜陽』を書き続け、六月に完成させました。

この年には体調を悪くするなどいろいろなことがありました。
11月には、太田静子との間に、治子が生まれました。
     詳しくは → 太宰治の年譜

太宰治の代表作「斜陽」初版3

太宰治の代表作「斜陽」初版4
朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
 と幽(かす)かな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「いいえ」
 お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、・・・・・
  続き⇒斜陽全文

◇「斜陽」は、『新潮』に1947年7月から10月に連載された太宰治の代表作です。

太宰が当時交際していた太田静子の娘・太田治子は、母の日記がほとんどそのまま書き写されたものであると述べています。
没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という言葉が生まれました。

太宰治の生家である記念館は、この小説の名をとり「斜陽館」と名付けられました。
記念館は、青森県五所川原市(旧北津軽郡金木町)にあります。

◇太田静子とは、
「斜陽」の主人公「かず子」のモデルです。
入水の前年(昭和22年)、妻子持ちの太宰は、文学を志す太田静子との間に生まれた娘に、「治」の一字を付けて認知しました。太田治子です。

静子は炊事婦や寮母などで働きづめで生計を立て、兄弟の支援も得て治子を育てました。そして治子も作家となりました。

太宰治の代表作「斜陽」初版5

太宰治の代表作「斜陽」初版6
「太宰」の判が押されたシールがはがれて前のページの紙に引っ付いています、

太宰治の代表作「斜陽」初版7
初版(定価70円)の発行部数は1万部。2、3版5,000部、4版(定価75円)は1万部と版を重ねベストセラーとなりました。

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太宰治の代表作「人間失格」初版と再版

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版
 左「人間失格」再販¥2,500. 売切れ 
 右「人間失格」初版¥6,800. 昭和23年7月発行売切れ

   強いヤケ、シミ、小キズがあります。

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版1

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版2

恥の多い生涯を送って来ました。 人間失格より

心中未遂や自殺未遂をしたり、アルコール中毒やモルヒネ中毒になったりしたことを言っているのでしょうか。それとも道化を見破られたときのことを言っているのでしょうか。

太宰はとても繊細で照れ屋でした。太宰治は生きること自体を恥だと感じていました。

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版3

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版4

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版5

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版6

太宰治の代表作「人間失格」初版と再版7

太宰治の代表作です。
1948年(昭和23年)、雑誌「展望」の6,7,8月号に、全3話の連載小説として発表されました。
同年5月12日に脱稿しています。
  ⇒『展望』昭和23年6,7,8月号 太宰治「人間失格」
連載最終回の掲載直前の6月13日深夜に太宰が入水自殺したこたから遺書のような小説と考えられています。

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「人間失格」の冒頭
はしがき

 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹(いとこ)たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴(はかま)をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、
「可愛い坊ちゃんですね」
 といい加減なお世辞を言っても、まんざら空(から)お世辞に聞えないくらいの、謂(い)わば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ」
 と頗(すこぶ)る不快そうに呟(つぶや)き、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。
 まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。・・・・・・

     ⇒ 人間失格全文

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