大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他 ¥6,500.
 昭和18年9月 陸軍美術協会 非賣品 売切れ
  箱サイズ 約34.5cm×42cm×4.5cm
 22画(全23画の内14番欠) 4、22、23番は各々同じ画が2枚

大東亜戦争 陸軍作戦記録画集

陸軍美術協会に所属していた当時の日本を代表する画家、藤田嗣治、小磯良平、宮本三郎、川端龍子、山口蓬春らが、1941年12月8日から1942年5月7日までの大東亜戦争(第二次世界大戦)の戦いを描いた画です。布箱に収録されています。

大東亜戦争陸軍作戦記録画集
 布箱には染み、ヤケ、汚れ、ほつれ、キズがあります。

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他1
 台紙サイズ39×31センチ
 画のサイズ31×22センチ

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他2

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他3
 解説と大東亜戦争 開戦の詔勅(しょうしょ)(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)昭和16年12月8日(開戦の日です)

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他4

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他5
 ⇒大東亜戦争 開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他6

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他8

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他9

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他10

当時、陸軍美術協会理事長を務めていた藤田嗣治は「シンガポール最後の日(ブキ・テマ)」と「二月十一日(ブキ・テマ高地)」をこの画集に挿入し、「解説 あとがき」を執筆しています。

「今日のため、四十余年の歳月を私はすごして来たと明白に言ひきることが出来るのである。今日、腕を揮つて後世に残すべき記録画の御用をつとめ得ることの出来た光栄を私はつくづく有難く感じてゐるのである。
 絵画が直接御国に役立つと言ふことは何といふ果報なことであらう。私は右の腕は御国に捧げた気持でゐる。」 「解説 あとがき」より

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他11
 ヤケ、キズ、汚れがあります。

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他12

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他13
 右下:川端龍子「荊棘(いばら)に挑む」
 下は一部拡大
大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他14

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他14

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他15
 右下 小磯良平「カリヂヤティ會見圖」

小磯良平(こいそ りょうへい)
昭和期に活躍した神戸市出身の洋画家です。(1903年7月25日 - 1988年12月16日)
迎賓館(赤坂)大広間の壁画「絵画」「音楽」を制作するなど日本の洋画界に大きく貢献しました。

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他16

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他17

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他18

画像の説明

大東亜戦争陸軍作戦記録画集 藤田嗣二・小磯良平他18

画像の説明

1 中村研一「コタ・バル」
2 福田幾四郎「英領ボルネオを衝く」
3 清水 登之(しみず とし)「ミリ 油田地帯確保部隊の活躍」
4 宮本三郎香港「ニコルソン方面激闘圖」
 私の地元栃木県生まれの画家です。アメリカ、フランスで画業に励み、戦時中は多くの戦争画を画きました。藤田嗣治とも交流がありました。晩年は栃木の生家に疎開しましたが、長男・育夫の戦死を知ることとなり終戦直後の12月に死去しました。
5 田村孝之介「ビルマ蘭貢爆撃」
6 山口蓬春「香港島最後の總攻撃圖マニラを望む
7 寺内萬治郎「マニラを望む」
 1942年(昭和17年) 陸軍省派遣画家としてフィリピン、セレベス等に派遣。「マニラを望む」などを制作。
8 川端龍子「荊棘(いばら)に挑む」
 このころ龍子は息子を戦地で、妻を病で亡くしていました。
9 栗原 信(くりはら しん)「トロラク、スリムの戰」
10 藤田嗣治「シンガポール最後の日(ブキ・テマ)」
11 藤田嗣治「二月十一日(ブキ・テマ高地)」
12 鶴田五郎「神兵パレンバンに降下す」
 1942年(昭和17年)には、「空の神兵」と謳われた帝国陸軍落下傘部隊のパレンバン空挺作戦における活躍を描いた戦争画『神兵パレンバンに降下す』を発表。
13 中山巍(なかやま たかし)「神兵奮戦之圖」
 バレンバン奇襲占領に活躍した陸軍落下傘部隊の記録画を描くため、南方戦線へ派遣されました。このとき描かれたのがこの絵です。(昭和17年)
14 欠 宮本三郎山下「バーシバル両司令官會見圖」
15 南 政善(みなみ まさよし)「爪哇(ジャワ)バンタム灣敵前上陸」
16 吉岡 堅二(よしおか けんじ) 「カリジャティ西方の爆撃」
17 小磯良平「カリジャティ會見圖」
18 鈴木栄二郎「バタン半島中央突撃部隊」
19 向井 潤吉(むかい じゅんきち)「四月九日の記録」
20 高光 一也(たかみつ かずや)「イナンジョンの戰」
21 伊原 宇三郎(いはら うさぶろう)「マンダレー入城とビルマ人の協力」
 戦時中は陸軍嘱託画家として台湾、香港、ビルマ(現・ミャンマー)、中国、タイ等に派遣され数多くの戦争記録画を制作しました。
22 猪熊 弦一郎(いのくま げんいちろう)「硝煙の道」
 戦後、白地に赤で有名な三越の包装紙「華ひらく」をデザインしました。
23 田中佐一郎(たなか さいちろう)「コレヒドールきく高地」

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