名言集 Ⅰ~Ⅳ

名言集 Ⅰ~Ⅳ

名言集 Ⅰ

           名言集 Ⅱ
           名言集 Ⅲ
           名言集 Ⅳ
-強くやさしく生きる為に-
                       -敬称略-

どの道もどこかへ続いている。

  迷いがあっても前へ歩みつづけましょう。
    画像の説明

あきらめなければ道は開ける。 (あきらめたときがおしまい)

  2010.1 IBMの盲目のフェロー 浅川智恵子(インターネットソフト研究者)

こう思うことも大切だよ。『これでいいのだ』ってね 。

  ブータンの御手洗首相フェローにその上司(ブータン人)からの言葉。

小さいことにくよくよするな。しょせんすべては小さいことだ。   

  リチャード・カールソン

夜中に布団を引っかぶっていると、昨日、今日のあるいは過去の、自分のやった恥ずかしいことが一つ一つ突然に甦って、居てもたつてもいられなくなり、「アアッ、アーッ。アアッ」思わず大声をたてているのです。

  続き→この夜の経験は必ずあるはずだ。それがないような奴は、友として語るに足りぬ。
  遠藤周作「ぐうたら人生入門」より

飲酒のどこがよいのか? それは愁(うれ)いを消し去ることができることだ。遠い太古、ひとは酒を造ることができなかった。ために愁いは転地に満ちていた。

  中国・元時代の学究の徒 劉せん〔ごんべんに先〕

この仕事はな、気楽にみえるが、楽じゃない、人生の裏側をみせつけられる、それが疲れる、''強くなるのは酒だけだ…

  映画『昭和枯れすすき』(新藤兼人脚本 野村芳太郎監督、1975年)より。
  「刑事おもしれえか」。一日の仕事の疲れを酒で癒やしつつ、ベテランの刑事・井島(鈴木瑞穂)が若い後輩の原田(高橋英樹)に語ります。

酒を飲む人花なら蕾(つぼみ)。今日も酒(咲け)酒(咲け)、明日も酒(咲け)。

  落語 柳家小さん「試し酒」より。

酒は憂いの箒といえど 掃いては塵(ちり)より猶(なお)むさい

  酒は憂いを掃き出す箒というけれど、掃けば(吐けば)かえって身も心も前より汚く、むさくるしくなるものだよ。
  俗謡から

失敗する者は理由を探すが、成功者は方法を見つけ出す'

  個人としてシャープから、液晶パネル堺工場(堺市)の運営会社の株式約47%を660億円で買い取った台湾の郭氏。

君は知つてゐるか 全力で働いて頭の疲れたあとで飯を食ふ喜びを

赤ん坊が乳を呑(の)む時、涙ぐむやうに 冷たい飯を頬張ると 余りのうまさに自(おのずか)ら笑ひが頬を崩し 目に涙が浮かぶのを知つてゐるか…
  空腹と並んで、こころよい労働は最高の調味料 千家元麿の『飯』より

貧しさは時に罪なき子を叱り

  (鉢朗)  生活保護を受けている人が205万人を超えたといいます。

少年貧時(ひんじ)のかなしみは烙印のごときかなや夢さめてなほもなみだ溢れ出づ

  坪野哲久  

一期は夢よ、ただ狂え 

  この世は夢のようなもの、遊ばな損、狂わな損。 
  室町時代の歌謡集の一節。  小説家 団鬼六の座右の銘。

みづのたたへのふかければ おもてにさわぐなみもなし ひともなげきのふかければ いよよおもてぞしづかなる

  深い憂愁の作風で知られた明治生まれの詩人、高橋元吉

人間というものは、善良さの水準を保つことはできるが、悪の水準を一定に保つことはできない。悪の道はただ下る一方だ

  名探偵「ブラウン神父」のシリーズより

「神は乗り越えられる試練しか与えない' 

『コリント人への第一の手紙 10章13節:1 Corinthians 10:13)
  あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。
 No temptation has seized you except what is common to man.
And God is faithful; he will not let you be tempted beyond what you can bear.
But when you are tempted, he will also provide a way out so that you can stand up under it.』

政府が優先すべき課題は3つ。教育、教育、そして教育だ 。

   英国のトニー・ブレア前首相

またやって来たからといって 春を恨んだりはしない

例年のように自分の義務を 果たしているからといって 春を責めたりはしない わかっている わたしがいくら悲しくても そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと……
   ポーランドのノーベル賞詩人シンボルスカの詩集『終わりと始まり』から        夫の死を悼んだ詩

人間はみんな満足という水を入れるコップを持っている。

コップの大きさは人それぞれ。少しの水で満杯の人もいれば、バケツみたいに大きくていくら入れても足りない人もいる。タイの子供たちのコップは小さい。だから小さな幸せを見つけて笑って暮らす。私のは大きすぎて恥ずかしい。コップをもつと小さくしていろんな幸せを感じ取れるようにしたい。
   タイの農村を訪れた日本人高校生の感想。

たとえ。信仰心がなくても、美しい御像を前にすると、黙って対坐していたくなる。そのとき、一体の仏は、ことばもなしに、生きていることの意味を教えてくれているのではないだろうか。

   詩人 城戸朱理 

鮎(あゆ)は瀬につく 鳥は木にとまる 人は情けの下に住む…。

   越中(富山県)の盆踊り唄から

コピーには人格が出るコワイヨと教え受けつつほぼ忘れをり

   2009.10.4  日経歌壇より 東京吉竹純
1枚のコピーも丁寧に。特に新入社員の方に。

今日は今日あらん限りは飲みくらし明日の憂は明日ぞ憂へむ

   歌人、大隈言道(おおくまことみち)

「日にち薬」

辛く悲しい出来事も時の経過とともに癒され、それを乗り越えることが出来まる。どんなに深い絶望も、時がたてば薄れていく。何事も時間が解決する。そう思いたいときがあります。

高見山は、ある人に「関取、オレンジ色の締め込みですね」と言われ、「いいえ、みかん色です」と答えた

ハワイ生まれの東関親方(本名・渡辺大五郎)は高見山の現役当時、〈日本人以上に日本人らしい〉と評されました。
体が硬く、股(また)割りの痛さに泣いた。兄弟子に「ガイジンはこれ式で泣くのか」と嘲(あざけ)られ、「目の汗です」と答えたのです。当時20円の初乗り切符で山手線を何周も回り、悲しみを紛らせました。そして外国出身者で初の幕内力士、幕内優勝の記録を残したのです。
   杉山邦博「土俵の真実」から。

横綱が物言いのつく相撲を取ってはいけない。自分が悪い。

1969年(昭和44年)大阪場所の大鵬―戸田戦。物言いがつく際どい勝負は戸田の勝ちと決まり、横綱大鵬の連勝は45で途切れました。テレビ中継のビデオでは大鵬の足が土俵に残っていました。「誤審だァ」と支度部屋に押しかけた報道陣に、大鵬が語った言葉です。

起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる

マーフィーの法則からです。"If it can happen, it will happen."
東日本大震災による津波は想定外だったといわれますが、起こる可能性はあったのだと思いませんか。

夢は砕けて夢と知り 愛は破れて愛と知り 時は流れて時と知り 友は別れて友と知り

   「古城の月」より 作詞:阿久悠 作曲:小椋佳 歌:小林旭

常時思考 物事の解明のコツは、どうすれば問題を解決できるのか、四六時中、常に考え続けること。それしかありません。

   ノーベル物理学賞受賞の南部陽一郎

千日の稽古を鍛とし万日の稽古を錬とす

   宮本武蔵

真実を伝える。自分の言葉で話す。心で売る。

台本はない。台本を読むと気持がこもらない気がする。感動がつたわらない。
   ジャパネットたかた 高田明社長 

負けることよりつらいものがあることを知った。土俵に上がって負けたり勝ったりできるのはすごく幸せなこと。苦しみは逃げるから追いかけてくる。追いかければ逃げていくものだ。

   故障で大関陥落して   尾車浩一。基大関琴風。尾車部屋創設。

プレッシャーで吐き気がするときや呼吸が苦しくなったときがあった

   イチロー 2004.10 大リークで長年にわたり破られなかった最多安打を達して。

人間に起こることは君の身にも起こると、つねに覚悟しておけ。  

   セネカ「現代人への手紙」より

旅とは出会いの連続と信じています。角を曲がったら、思いがけない出会い、不思議な発見がある。だから旅はやめられないのです。 

   渡辺文雄 2004.8逝去 

現在の治療の先が見えず、死ぬかもしれないという恐怖、周囲の人に世話にならないと何もできず、過度の罪悪感にさいなまされる。

病気になり初めて体験する感情。病気へ怒り恨みすら抱くようになり、正常な精神状態ではない。健康な人が聞いたら理不尽としか思えないことを口走ってしまう。しかし、こうした心理を受け止め対処するノウハウが医療現場にはない。
   柳原和子・ノンフィクション作家 自分も卵巣がんを患う。

富士山に登ろうと心に決めた人だけが富士山に登ったんです。散歩のついでに登った人はひとりもいませんよ。

 勉強に身が入らない息子に主人公が言います。ジョージ秋山の漫画「浮浪雲」より

鎖は最も弱い部分から切れる。全体の強度も所詮は、最も弱い部分の強度でしかない。

深い絶望を抱えながら、それにもかかわらず「善く生きる」ことができたなら人生は生老病死の四苦さえ命の底力を証明する舞台に変えていける

  フリージャーナリスト・東晋平  犯罪被害者の両親と共著『神戸・酒鬼薔薇聖斗』より

ふりむくな ふりむくな 後ろには夢はない

    あきらめずに走りつづける姿は美しい。
  人生を競馬にたとえた詩人北山修二

左手の怪我以上につらいことはない、と負けじ根性で乗り越えてきた

  島倉千代子 幼少の時左手に大怪我。離婚や借金、病気と私生活では苦難も多かった。

これしかないと覚悟すれば怖くない

  挫折にくじけないために

勝つか負けるか分からないような時は、先に気合を入れたほうが勝ちです

  全日本卓球選手権に出場した15歳の福原愛選手

欲望は満たされない

欲望は脳から生み出され、次第にふくらんでいく性質を持っている。ヒトには、ものに対する欲求ばかりでなく、地位や業績を求める欲求もある。
幸せというのは、欲望が満たされた状態や、悲しみや苦しみがない状態ではない。ラットの実験が示すように、欲望は自己増殖的で、欲望が欲望を呼び、けっして満足することがない。幸せは永久に訪れない。
幸せをつかむ大切な方法は、物や人に対する執着を断つことである。欲望を最初に芽のところでつみとっていくことである。分かれる可能性のある人や物には、いつ別れてもいいように心の準備をしておく。これも大きく言えば、執着を断つということになる。
  柳澤桂子 2004.1.9読売 「しあわせ論」から抜粋  三菱化成生命科学研究所主任研究員

一瞬一瞬の小さな幸せに感謝する

幸せは私たちの前に転がっている。家族そろって夕餉の膳につける。これ以上の幸せはないのではなかろうか。 
  柳澤桂子 2004.1.9読売 「しあわせ論」から抜粋  三菱化成生命科学研究所主任研究員

人生にはいくら努力してもどうにもならない場合がある。

愛する人との死別、不治の病、勤め先の倒産。神仏に祈り、周囲に助けを求めてもどうにもならない。折に触れて嘆き、涙を流すのは当然のことだ。悲しんでも良い。だがどうにもならないことは積極的にあきらめて今やるべきことをやることが大切だ。逃げれば逃げるほど不安や悲しみは追っかけてくる。「あるがまま」に受け入れ、やるべきことをやるのだ。これを私は「あるがまま療法」と名付けて、患者に勧めてきた。「そんなことできない」という人もいるが、それはできないのではなく、しないのだ。
   浜松医科大学名誉教授 大原健士郎

お客様は来てくださらないもの、お取引先は売ってくださらないもの、銀行は貸してくださらないもの

だからこそ一番大切なのは信用であり、信用の担保はお金や物ではなく人間としての誠実さだ。
日本人は食べられることの有りがたさを忘れ、自分たちがいかに贅沢をしているかに気づかず、それを当たり前と思いこんでいる。奢れる者は久しからず。感謝の心を忘れ、己の地からを過信するものの末路は、洋の東西、時代の今昔を問わない。そういう私自身、バブルの塔を上り詰めた愚か者ではないかと自問している。恐ろしいことが待ちうけているような気がしてならない。
  03/04/01 私の履歴書より 鈴木 敏文イトーヨーカ堂名誉会長

人生いろいろ。人それぞれだ。しかし、確実なことは一つしかない。生まれてやがて死ぬ。この二つだ

死は怖い。それは死にたくないからだ。ではどうしたらいいのか。どうしても逃れられないものなら、いっそ死を己のものにしたらどうか。白隠禅師はいう「修行者よ一度死ね。一度死んだら二度死なず」。そうなると地位とか財産とか名誉、そんなものはしょせん一時の夢、幻と気付くはずだ。
  私の履歴書より 有馬頼底 京都仏教会理事長

子ども心になにより応えたのは寂しさだった。

薪で脳天を一撃され脳しんとうを起こしたことさえある。師自身、小僧にだされ、殴られながら一人前になった。その信念がある。私にはそんな信念はない。ただおびえていた。師の影が近づくと縁の下や近くの部屋にとっさに隠れる習性が身についた。しごきはつらい。病気も苦しい。だが、まだそれは我慢できた。子ども心になにより応えたのは寂しさだった。寺でも学校でもわたしはいつも一人ぼっちだった。
  私の履歴書より 有馬頼底 京都仏教会理事長

死別時の対処法としては、悲しむことが自然なので悲嘆を押し殺さず大泣きしてすべてを表に出すこと。

悲しむ行為は自己を癒すことでもあるから、悲しみを我慢すると、立ち直りを阻害することがある。じっとしているよりも何か簡単な作業をするほうがいい。
   2003.3.12 日経新聞 

日本がこれまでだめになったのは、戦後五十年、ただ目に見えるものだけを追っかけてきたからなのである。目に見えないものとは何か。神であり、仏であり、宇宙の生命である。そして人の心である。

仏教はこの世は苦だと説く。苦とは何か。この世で自分を取り巻くすべてのことが不都合なことである。健康でありたいのに病気になる。生活が保証されてほしいのに、突然リストラの憂き目にあう。家内安全を願っているのに、家族が自殺したり、交通事故で大けがをしたりする。子供はすくすく育ってほしいのに不登校になったり、いじめで殺されたりする。愛し合っていると思っていたのに、配偶者が不倫にはまっている。まことに自分を取り巻くすべてが思うようにいかないのだ。
 自分の置かれている環境が恒常であってほしいのに、この世はなんと無情なのか。形あるもの、物質はもちろん、感覚も、すべての精神作用も、泡沫、かげろう、夢、幻のようなもので、確実なものはない。それなのに、われわれはこれらはかないものに愛着し、執着し、永遠にそれが存在することを願っているから、常に現実に裏切られつづけていく。
  瀬戸内寂聴

就眠儀式

心配しだすと、眠れなくなるので、就眠儀式も考えました。全身の力を抜き、あおむけになって腕をからだから離して深呼吸。目を閉じて、何かを考えそうになったら無念無想と唱える。将来のことを考えて不安になってもしかたない。その日その日の最善を尽くすしかないのです。
  がん治療中の眉村卓さんのケアノートから。

どこに座るかが問題ではない。座ったところで何を考えるかだよ

  ある哲学教授の言葉。

何事においても、予期せぬことが起きたとき、それを柔軟に受けとめることのできる自分をつくることが必要があるような気がする。もしかしたら旅はそうした自分をつくることを手助けしてくれているのではないか

  沢木耕太郎 

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